HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 大の字になって横たわる。太陽に熱せられた草はやけに痛い。
 次第に息が落ち着いてくるが、ゼロまで削った体力はそう簡単に治らない。落ち着いたというのは、空っぽの中に1でも数字を入れたということだ。どんなに小さくても在るならば、それは何にも勝る安らぎになる。だから息が落ち着くんだ。
 今は身動きしない。
 それが回復の最良手段。

「しかしよくやる」
 民衆の煽り方100。
 そんな第を読む友人。体育の授業に参加しないどころかプライベートタイムを満喫していた。
「お前は少し運動しろ」
「人の上に立っても歩き回るのは探偵と国際機関だけでいい」
「何様のつもりだ」
「未来の俺様」
 目が輝いていた。
 しかも、俺様と書いて大統領と読みやがった。
「ま。きちんとした授業なら単位の為に受けたが、今は自習だぞ。普段よりハードな運動などごめんだ」
「俺は温い」
 だろうな、と笑う。
 出来る奴は何をしても癪に触る。こうして本を読んでいる彼に、授業内容で勝てた試しがない。
 効率がいいというか、『そうすればできる』とわかっていても普通は出来ない。
 それを『できる』のが彼だ。
 だから凡人はひたすらに
『できるようになる』まで努力を繰り返す。
 努力は常に限界を抜かなければ為にならない。中途半端な努力は時間の無駄。
 だから万人に合わせた体育の授業は温いんだ。
 多少ハードであっても、それは自分という枠線に触れていない。
 その領域を壊してくれない。



   それでは足りないんだ



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