HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 まばゆい太陽に手を翳す。
 前髪の隙間から漏れる光を遮って、体が休みを強く求めだす。
 精神的に太陽の光を嫌った条件反射の動きだったが、無駄に休みすぎるのはよくない。残念ではあるが、翳した手を下ろす。

 ――と。視界の上で。
   誰かが見ていた。

 小さな人だった。
 四角い建物の中から、
 じっとこっちを見ている。
 亜麻色の髪から覗く、兎のように赤い瞳で。

 飛び起きた。休憩終了。
「もういいのか?」
 彼が驚いている。無理もない。
 いつもはあと五分は寝ている。
 だからといって回復したのかと言われると、Noだ。体力は底を突いてギアが空回りしている。

 それでも
 じっとしているなんて
 出来なかった。

「短距離そうやってくる」
「タイム計るのか」
 ストップウォッチを構える彼を確認してからトラックの中に入った。
 相変わらずカーブは苦手だが、それでこそ克服のし甲斐がある。
 陸上のスタートはしない。
 自分がしたいのは、競技ではないのだ。誰かと競うのではなく、自分を鍛えるために――

 彼がピストルを構える。
 競技用だとわかっていても、奇妙に似合っていて怖い。
 呼吸を一つ。
 足に力を、
 体に活力を、
 目は前を見て、

 ――ぱぁん。

 全力で駆け抜ける。

 青い空と白い雲が交互に回る。
 揺れる木々と阻む砂利が写る。
 酸欠で頭が重く、
 走り続ける体は空気に溶けた。

 どこまで走ればいいのか。
 そんなこともわからないまま。

 ゴールを過ぎていった。


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