HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 砂利の上で/海の上で
 熱を浴びて/風を受けて
 虚ろな現実に/不確かな夢に

 《この身は溶かされていた》

 《なんて、でたらめな空想》



 ――ぱあん。
 頭が叩かれた。
 そう認識するのに、短針が半周するほど時間が掛かった。
 なにをするんだと、半眼で睨むように起き上がる。

 ふと、
  ああ。
   倒れていたのか

 なんて呆けたことを思った。
「目が覚めたか?」
「ごめん。助かった」
「精神力まですり減らしてどうする。お前は消滅したくて運動しているのか」
 そんなことはない、と言い掛けて説得力がないと気付いた。
 事実死にかけていたのだし。
 しかし、100メートル全力疾走で倒れるとは思わなかった。
 体力がなかったのは否定しないが、限界突破の代償だろうか。

 ――突き破りすぎだ。
 そう言ってみせられるストップウオッチ。

 うわあ。

 そうとしか言えない。
 全力とか限界とか言っている場合ではなかった。
「よく死ななかったもんだ」
 タイムは、詳しくは言えない。
 ただ『白い光の帯が走った』程度の速度だった。
 いや、本当に
 よく計れたもんだ。
 もう一回くらい叩きだせないか、このタイム。
 実に理想なんだが。



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