HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 四角いカバンに教科書を詰め込んで、今日は少し、いつもと違うことをする。
 ……あの人はどう思うだろう。
「何考えてるの?」
「……なんでもない」
「今日は晴れみたいね。雨を願う人がいるから降水確率70%らしいわ」
 それは晴れというのだろうか。
 お昼から雨なら洗濯物は危ないわね、白々しく母は言う。

 じーっと、その横顔を見た。

 じーっと、

 じーっと、

「……そんな目で見ないで」
 やがてお母さんが折れた。
 普段は几帳面でマメな人なのに、自分のことになるとすぐ不精をする。

 ――私は真面目じゃないの。
 地面に縛られ
 自分にこだわり
 時間を忘れる
 そんなジはいらないの。

 それが母の持論だった。
 自分勝手だ、と妹は言うけれど
 どこか自由な思いが伝わり、わたしは好きだった。
「ところで、時間大丈夫?」
「ぁ……?!」
 天気予報をのんびり見るのは主婦か自宅警備員だ、と学校で言われている。
 つまり、間に合う時間は限りなく薄い。
「ち、遅刻!!?」
「学生は大変ね」
「他人事すぎるっ」
 椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。
 急ぎすぎて、靴を履こうとして失敗しかけた。
 つんのめりながら玄関を開け

「いってきます!」

 わたしの朝は、
  こうして始まった。
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