HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 開いた缶に貪りつく猫二匹を放置して、自分の夕飯を作りにかかる。お手軽な彼らと違って、人はきっちり食べないとならんのだ。
 食材は買ってある。どうせ缶詰に食らい付くだろうと予想していたから一人分、料理の練習がてら中華に挑戦。お手軽に思えて実は奥が深く、時間を見ては何度も挑んでいる。もっとも、熱いのがいやだと鳴く二匹のせいで作る機会があまりない。
「おかわりっ」
「はやくよこせよ」
 厚顔な奴らに缶を後ろ手で投げ付けた。ついでに缶切りも同伴させた。
 いやっほぅ! とはしゃぐ。キコキコキコ、と器用に缶を開けていた。あれは本当に猫なんだろうか。

「今日はやけにご機嫌じゃな」

 唐突に何事かを言うアサ。
 その口まわりは汚いが。

「何ぞいいことでもあったか?」

 缶から顔を上げるシンヤ。
 臨戦態勢で餌を狙っていた。

「べつに」

 素っ気なく答え強火で焦がす。

 俺はいつもどおりだよ。
 そう言って今日を振り返った。
 もうすぐ、沈んだ日の代わりに月が来る。碧い空の代わりに蒼い夜が来る。人が眠り、草が眠り、しんと静まり返るお休みの時間。
 さあ。
『明日』は
 どんな『今日』になるだろう



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