HとSの本 〜彼と彼女の夢〜

彼女の過ごし方

 ふわぁ。大きく伸びをした。
 放課後に予定がないわたしは、真っすぐ家に帰ってきてベッドに横になった。特に疲れていたわけではないし、お昼寝もしたはずなのに。
 横になったわたしは、すぐに寝付いてしまった。今夜ちゃんと眠れるだろうか。

「それは大丈夫。貴女はまだまだ育つから」

 ――ぎくり。
 背中に鉄の棒を突き刺したようにピンと張る。あまり聞きたくない声が部屋の外から。やけに上機嫌だからたちが悪い。
 振り返る。案の定、そこには母がいた。口元を押さえて、楽しそうに。

「よだれ」

 布団の中に顔を埋めた。

「お母さん今日は早いんだね」
「あら、もう日が暮れるわよ? 夕飯の支度があるんだから、それは早く帰るわよ」
「……楽しそう」
「帰ってきてくれる人がいる。それはとても素晴らしいことよ」

 一時期、わたしは誰にも心を開かなかった。友達はいないし、教師は離れる、大人は怖くて、子供は不快だった。いつも雨が降っているような世界に見えて、傘一つない淋しい世界だと信じて、居場所なんかないと疑わなかった。

 だから、この家を捨てた。

 待っている人なんていないと、盲目的に信じ続けた時が在った。

 そんなはずかないのにと、
 大馬鹿だと、今のわたしは叱ってやりたい。



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