HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 出来ないことはない。出来るまで血反吐を吐きながら努力するからだ。
 一人で独りでひとりで
 チカラ  チカラ  チカラ
 言葉と暴力と親権で虐げられるから、見下し狙われ貶される側に落ちたくなくて。
 誰彼構わず拒絶して、それが許される立場を得た。
 チカラ  チカラ  チカラ
 立場と権力と知識を得て、それで変わったことといえば孤独を知っただけ。
 立場を得ようと虫がよって、権力に守られようと弱者が群れ、知識に逆らうまいと遠退く他人。自分との距離がどうあろうが、そこにふれあいの暖かさは微塵も感じられない。
 チカラ  チカラ  チカラ
 立場と権力と知識を得て、それで変わらなかったことといえば絶対的なの位置。

 どこに居ようと、
  それは血を分けた兄。

 なにをしようと、
  それは性が同じ親族。

 誰であろうと、
  それは一瞥する他人。

 自分という個の認識、他人という無の認識、チカラという強者の認識、何年という苦痛を味わって得られたことは認識だけ。
 どうすれば痛くない。
 こうすれば誰も依らない。
 そうすれば孤立する。
 ただひたすら、知る時間と悼む時間だけが、繰り返し続く日常だった。

 ――否。
  むしろ、

 変わることが恐ろしかった。



< 41 / 50 >

この作品をシェア

pagetop