HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 それは余計なお節介だった。
 依って喋って笑って
 おどけてふざけて驚いて
 見据えて傾げて尋ねて
 詮索するなといえば何故と返し、余計なことだと厳しい口調で倍に返せば。
     セカイ
 彼は――日常を壊した。

 それじゃあ友達になれないよ

 硝子に、罅が入る音がした。
 致命傷になりかねないと本能的に知って、鬼のような顔で悪魔のような声で、人でなしの台詞を吐く。
 奇しくも、その姿勢は彼女を虐げる強者と同じだった。

  二度と……私に関わるな

 引き止めようと、咄嗟に延ばされた手。頭一つ背が高い、肩に触れそうになった指先。
 それが、
  熱を伴っ
   た凶器を
    連想した
 反射的に手を叩いた。払ったのではない、文字通り全力で叩き返したのだ。
 廊下中に響き渡る、肌が触れた乾いた音。
 茫然とする彼を置いて、どこかへと走り去ってしまう。
 その背中に後悔は感じられない。あるのは必死に駆けていく足音と、恐怖に震え上がる瞳の残像。

 込み上げてくる嘔吐物を、堪えられずに吐き出した。胃に吐くものがなくても、血が混じりだそうとも、何度も何度も。何度も何度も。何度も何度も何度も何度も。
 汚濁に塗れた裏庭の一角で、力なく焦燥し立ち上がることも出来ず、触れかけた肩を抱く。
 服は恐ろしく冷たく
 肌は焼けるより熱い
 ただトラウマを刺激するイタみを保っていた。

 ぐらり、と傾ぐ視界。
 繋がりを唐突に断つ気配。
 あらがうことも出来ずに、闇に沈んでいった。


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