HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 次に目が覚めたとき、
 そこは白さが埋め尽くす真四角の部屋。
 起きようと上体を持ち上げると、零れ落ちる白いタオル。本人は気付いていないが、ほんの少し前までは四十度近い高熱でうなされていたのだ。

 ――起きた?

 最近聞き慣れた声が
 何故、と思うより先に
 目の前に彼がいた。

 変わらぬ顔。
 変わらぬ笑顔。
 変わらぬ声。
 変わらぬ優声。

 彼はただ心配していた。
 心を傷つけないよう、触れられそうで遠い、自分と他人の距離感。
 そこに和解はなく、
 そも触れ合いがなく、
 語り合いもなく、
 互いに居るだけで、
 渡る術も気も起きない、
『無』関係の距離。

 だというのに、投げ掛けてくる言葉はなんなのか。
 とめどなく紡がれる声は、なんなのか。
 ここでは何も起きないのに。
 他人同士は解り合わないのに。

 ――どうして?

 いつの間にか、
 彼女は問うていた。

 濡れタオルで顔を隠しながら。

 ――どうして私に関わるの?

 それは無駄なのに。
 誰も自分しか見ていない。他人はどこまでも遠くて、どこに居ても冷たくて、居ても居なくても同じならどうして関わり合おうとする。

 血を分けた兄がいた。
 お前は弱い子だなと、木刀で殴られた。
 善いことをすれば偽善者と、悪いことをすれば犯罪者と、何もしなければ無能者と、叩いて殴って蹴られて笑われた。

 性が同じ親がいた。
 けれは躾だと、逆らうなと、お前は善い子だと、散々なじって檻に入れられた。
 言い付けを守らなければ火箸で灸を据え、口答えすればベルトで叩き打たれ、期待に添えなければ命を奪うと脅された。
 それはひどいね、かわいそうだね、気休めの言葉を掛け離れていくのが他人だ。

 誰も彼もが冷たいのなら
 誰も私に関わらないで



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