HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 いつも独りでいた。自分はなんだって出来ると、誰にも何もされないように優等生で在り続けた。そこに温かさを求めていたわけではない、ただ独りになるため、そのためだけに努力して拒絶して無関心で在り続けた。

   私は独りがよかった。
  それだけで何もいらない、
 ただ今を続けたいだけなのに



 ――どうして貴方は関わるの?



 布団がずれる気配がした。
 やわらかなベッドが沈み、彼が一歩、彼女に近づいた。
 それは、少しだけ
 近くて遠い
 他人と他人の距離。



「声が聞こえたんだ」



 関わらないで、
 放っておいて、
 でも、そう拒絶してから
 孤独に潰されそうで

 ――不安なんだよね?

 優しく、そっと
 穏やかに、微かに
 ずっと、確かに

 手を包む、彼の手。
 包まれた手を、振り解けず。

 独りで生きる強さよりも
 誰かと居たいっていえる勇気の方が、ずっと大事だと思うんだ。



「そこには、傷みしかないのに」



 悲しいだけなのに。
 苦しいだけなのに。
 切ないだけなのに。
 わかり合えない世界で、もし手を繋ぐことが出来たとしても、その先には引き摺られて堕ちていく地獄しかない。

「だから、いつか手を離す」

 貴方は私の手を離す。
 それは確信だ。



 だったら。
 彼は、両手をとった。
 変わらず優しく、かすかに、ずっと離さないで。
「一緒にいこう」
 独りよりも二人で
 二人よりも大勢で

 誰も触れてくれない世界なら
 たくさんの手を取れるまで歩き続けよう
 僕だけは、
 君の手を握っているから――



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