絶対零度の鍵
「クミ」

少しの沈黙の後、僕を見ることなく、彼女は言葉を発した。


垂らされた長い髪の間から時々ちらっと見える横顔は、少し憂いを帯びているように思える。


「何?」


階段を下りる途中の段で僕は訊ねた。


「無くなってしまったらもったいない世界だね」


目を細めながら、切なそうに零れた台詞は、きっと本音で。


そんな彼女を僕は何故だか急に抱き締めたくなるような衝動に駆られ。


思わず伸ばしかけてしまった手を、右京が振り返る前に理性で戻した。




この瞬間だろうか。


君が嘘吐きでも良いから。


いつもなら、面倒臭いことと人助けは大の苦手な僕が柄にもなく、


輪郭はまだぼやけていたけれど、やけに強く、


君の、ヒーローになりたいと思ったのは。
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