絶対零度の鍵
にゃーーお

野太く、低い鳴き声で鳴くと、猫は躊躇いもせずに、工場の中へ足を踏み入れた。



「ついてこいって言ってるのよ。ほら、クミ行くよ!」



疲れをこれっぽっちも感じさせない、むしろワクワクしているような薄い笑いさえ浮かべて、右京はそう言うと、猫の後を追う。



「もう、僕ここで待っててもいいかな…」


ぽつり呟いた言葉は、誰にも聞こえてない上、了承されないことを知っていた僕は、小さな溜め息を吐いて、右京の後を追うことにした。


工場の中は、空気が淀んでいて、下はコンクリートだった。


戦争時代に使われていたんじゃないかっていうような…古い建物だ。


入り口だろう場所は鉄が打ち付けられていて、封鎖されている。


じゃ、僕等がどうやって入ったかというと。


壁の材料になっている煉瓦と煉瓦の間に亀裂が入っており、劣化するにつれて崩れてできたその隙間が、ちょうど人一人ぎりぎりくぐれる位の大きさの穴になっていたから、そこに身体をねじ込んだのだ。



中は当時のまま残っていて、作業台や椅子、線の抜けた電話機などが、埃を被ってじっとしていた。


全体的に石造りなせいか、ひんやりとした薄ら寒いような空気が漂う。


窓に打ち付けられている木の隙間から、光が零れて線となり、中にちらちら差し込んでいる。



ひとつだけしかない、恐らく一番偉い人物が座っていたのであろう、革張りの茶色い椅子に、黄金の猫は行儀良くちょこんと腰掛けていた。
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