絶対零度の鍵
「蓮貴ー!おやつ、持ってきた!」
中庭をぼんやりと歩いていると、翠がこちらに走ってくるのが見えた。
蓮貴の顔が自然と綻ぶ。
「翠。そんなに甘いものばかり食ってると、デブになるぞ」
「ひどーい!蓮貴が稽古終わったら欲しくなるだろうと思って作ってきてあげたのに。っていうかもう終わったの?早いね?」
そう言って、翠は静かになった稽古場に、ちらと目をやる。
未だに体力が消耗して立ち上がれない母の姿が、蓮貴の脳裏に浮かぶ。
「…母の体調が悪かったらしくてな、稽古は無しになった。天気も良いし、裏山に行って食べないか?」
蓮貴は敢(あ)えて、外へ行こうと促した。
母を慮(おもんばか)ったわけではない。
自分の能力が彼女に伝わるのが怖かったからだ。