絶対零度の鍵
以前と同じように、広すぎる部屋には、沢山の書物と机があった。


今日も隅にある一輪挿しには白いあの花が元気に咲いている。



ただひとつだけ、違うのは。




僕は一直線に、机の上に置かれた書物に眼をやった。




濃紺の、古びた書物。



それは、いつも蓮貴が肌身離さず持っている本に違いなかった。



いつか、池の辺(ほとり)で蓮貴が読んでいるのを見かけてから、ずっと気になっていた。



ただ、彼が人目を憚(はばか)るようにして読んでいるように思えた為に、訊ねるのも気が退けたのだ。






―一体、何の本なのだろう。そんなに面白いんだろうか。





少しだけ、見てみよう。



何故だか手が震えたが、僕はその場にしゃがみこんで、じっとそれを見つめた。


そして、朱色で書かれた表紙の文字を指でなぞった。





「持出し、、禁止…?」




未だに記憶が戻らない僕は、自分に学問があったのかどうかがわからない。



そのため、もしかしたら字が読めないかもしれないと懸念していた。




「読めた…」



ほっと安堵する。
< 621 / 690 >

この作品をシェア

pagetop