契約違反
普段から無口で、何を考えてるか分からない。

背が高くてさらさらな髪に整った顔立ち。

およそ芸術家には見えないそのモデルのような風貌は、芸術展で作品が受賞するのと同時に、マスコミに注目された。

TVや雑誌に引っ張りだこの、今や人気の芸術家になっている。

当然、むらがる女性もたくさんいるわけで、綺麗な人と夜の街に消えることも少なくない。

密着して歩く後ろ姿を、私は、ここから何度見送っただろうか。



『俺は、仕事仲間には手を出さない。約束するから、安心しろ』



モデルを引き受ける時に言ったその言葉通り、この五年の間、彼は一度も触れてこない。

何度か肌をさらしたこともあるのに。

一緒に暮らしているのに。

それなのに、指一本たりとも――――



『心配するな。俺は、芸術家として、お前を見ている。性欲ならば、他で満たす』



男性に肌を見せることに躊躇した私に、彼は無表情のまま、はっきりと対象外だと言った。

そんな気持ちは邪魔でしかないと。

迷惑だと。


そう。私は描く対象であって、女性ではない。



“絶対に、好きになってはいけない”



それが契約。

私と彼は仕事仲間。

そういう関係。

この五年間ひた隠してきた私の想いを、彼は知らない。

好きだと言ってしまえば最後、契約は解除され、もう二度と彼に会えなくなる――――



「おい、何を考えている?」
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