それは…好きだから。(樹生side)
「彩佳」

 なるべく感情を抑えた声で名前を呼ぶと、彼女が俺に気付いてくれた。

 少し驚いたような顔をして、それから、嬉しそうに微笑む。
 いつもならこの笑顔に癒されるはずなのに。

「樹生」

 久しぶりに聞いた彼女の声。
 俺が見たかった笑顔だった。

 けれど、この時はもう何も考えられなくて、
 有無を言わさず彩佳の腕を掴むと、
 気がつけばエレベーター横の階段下に連れ込んでいた。


 ちょうど死角になって見えない壁に彩佳を押し付ける。


「どうしたの、急に……」

 乱暴な俺の行動にびっくりしたように
 目を瞬かせる彩佳の口を塞いだ。

「んっ……」

 キスの合間に甘い吐息が零れる。
 煽られるように薄く開いた唇から舌を入れた。

 彩佳の身体がびくッと強張ったのが分かった。

 場所は社内。
 いくら死角になっているとはいえ、いつ人が来るか分からない。
 けど、今はどうでもよかった。

 見られたところで俺が困ることはない。

 それが欲望を加速させた。
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