イケメンバイトリーダー超かっこわるい。
嘘が痛々しい。




 冷えた手に白い息を吐きかけながらエレベーターに乗り込むと、閉じかけた扉を大きな手が押さえた。
 扉の隙間からぬうと入ってきたのはバイトリーダーの加地くんだ。彼は寝癖でぐしゃぐしゃになった前髪の間から私を見下ろす。

「……ハヨザース」
「あ、おはよー加地君」

 私はあくびをかみ殺しながら手を上げて加地君の挨拶に応じた。
 彼は十秒くらい私の顔を眺めると、やがて口を開いた。

「美穂さん、聞いてくださいよ」

 またか。
 私は目線を下げて自分の足元を見た。

「俺、昨日女の子に好きだっていわれちゃったんですよね、あ、女の子っていっても俺の一万人のフォロワーの中の一人なんですけどね。
もーたまの休みくらい静かに休ませて欲しいんですけどー、一日中うるさくって。困っちゃったなー彼女いるって嘘でもいいから言っておいたほうがいいのかなーでも俺、彼女いないしなー」

 彼はそう言いながらチラチラと私を見る。とにかく見る。
 私も大人だ。彼の自慢話が始まると最初のうちは「もてるんだねーイケメンだもんねー」と彼を持ち上げていたが、年がら年中これではさすがにキツいものがある。

「……」

私は冷めた目で彼を見上げた。

 加地くんは本社のコネで入ってきたアルバイトだ。
 今時の若い子なのにオシャレカフェで女の子とイチャイチャ働きたいともいわず、最低賃金すれすれの時給で人の二倍は働く真面目な若者である。

 彼は定着率の悪いこの職場でもう三年も働いていて、すでにバイトリーダにまでなっている。この職場には欠かせない存在だ。ただしバイトにリーダーがついても時給は十円しか違わない。が、今日からバイトリーダーですよとただのバイトとは違う扱いをしてやると途端に本人のモチベーションは上がる。彼はそういう意味で大変使いやす、じゃなかった素直な子だ。

 しかし。

「俺もそろそろ彼女作ろうかなって思うんですけど、うるさい女の子は苦手なんですよね。もうキャーキャーされるのは疲れちゃったっていうか」

「う、うん……」


 なんだろう。いい子だし、まじめだし仕事の出来も優秀なのにすごく残念な子なんだよ加地君って。
 
 架空のモテ話だけではない。
 今までに加地君はさまざまなホラを吹いている。

 まずはじめに、彼は自分にはフォロワー1万人がついていると言い出した。
 それ以外にも、じつは東大生だ、政治家の息子だ、もてすぎて困る、超人気ブロガーだとか先月の月収が200万を越えたなどなど。彼の嘘はあげ始めると枚挙に暇が無い。時給840円でどうやって月に200万も稼ぐんだよ。嘘をつくなら計算くらいしろ。小学生か。


 もちろん私も最初からそれを嘘だと見破っていたわけではない。
 若い子と普段あまりかかわりのない私はフォロワー1万人もよく意味がわからず、そんなもんかとあっさりと信じた。もてる件についても今はこういうちょっと女の子みたいな顔がもてるのかと一応頷いた。

 だが、東大生ときたあたりでさすがに目が覚めた。

 北関東に住んでいて、週5日毎日6時間もシフトを入れる東大生ってなんだよ勉強しろよ。そもそも人事から聞いた話では高校卒業後ぶらぶらしてばかりの彼を心配した親が、泣きながら彼をこの会社の倉庫にねじ込んだという話なんだがそのあたりはどうなっているんだ。


 私は彼の話が嘘なのではないかと気づいたあたりから、若干彼とは距離をおいている。嘘をつかれたことに腹を立てているのではなく、そう、『引いている』のだ。

 しかし加地君はそんな私の変化に気づいているのかいないのか、嘘をやめる気配はない。むしろこちらが引き始めたあたりから、さらに彼の嘘は加速度を増している、気がする。


「彼女って言っても誰でもいいわけじゃないんスよね。俺は楚々とした大和撫子がタイプなんですよ。
 今時タイプは苦手」

「そ、そっか……。あ、あのさ加地くん」

「なんですか」

 加地くんの大きな瞳が輝いた。普段は死んだ魚のような目をしている彼だが、時々はこういう顔もする。
 私は手帳を繰りながら言った。

「今日から新人さんがはいってくるから、バイトリーダーである加地君が面倒見てあげてくれるかな。
 あの、わかってると思うけどここ、時給が安いからバイトさんがすぐやめちゃうのね。だからなんていうか、……居心地のよい職場だってあたりを新人さんに理解してもらいたいんだ。……いいかな?」

 加地くんの好みの女子が大和撫子なのかギャルなのかはどうでもいい。とにかく朝は業務連絡が大事だ。

「あと、人事異動があります。
 新人さんが入ってきたとこで悪いんだけど、私、来月から本社に異動なんだよね」


 来月とは急な話だけれど、しがない倉庫管理の立場では会社に否やを言えるはずもない。私はあと数日でここを離れなければいけないのだ。
有休をとって本社近くの部屋を探さなきゃいけないし荷造りもしなきゃいけない。頭の中はそのことで一杯だった。

「えっ」

 加地くんの動きが止まった。大きな目がさらに大きくなって、見ているこっちは目玉が零れ落ちるんじゃないかと怖くなる。

「あ、言ってなかったっけ。
でも大丈夫。加地くんはできる子だし今までどおりやってくれたら問題ないから」

 彼は心ここにあらずといった様子で絞りだすように答えた。

「いや、仕事は大丈夫ッスけど……。
 あ、そ、そうだ……じゃ、送別会しなきゃいけませんね……」

 私はそれを聞いて笑った。

「何言ってんの。この倉庫、私と加地君以外はみんな短期バイトばっかじゃない。
 いいよー気を使わなくても!でもありがとね」

 加地君はいい子である。
 意味のわからない嘘をつく以外は本当にいい子なのだ。

黙ってりゃイケメンなんだし、早く中二病が治るといいね。
私は生温かい笑みを彼に投げかけると、そのまま彼と連れ立って倉庫へと向かった。
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