イケメンバイトリーダー超かっこわるい。
誰も来ない送別会。
「……」
「……」
私は和風居酒屋で加地くんと隣り合って座っていた。
店内は近所の会社のサラリーマンで混みあっている。
私たちの席には加地くんと私、二人きりである。
それなのになぜか隣り合って座っていた。
だから言ったじゃん、短期バイトさんは来ないって。時給830円の短期バイトなのにわざわざ異動する社員のために会費を払って送別会に来る人なんかいないよ。
しかも送別会主催者の加地くんがお通夜のような顔をしているってどういうこと?送り出される私が気を使わなきゃならないってどういう状況?
その上よくわからないのはこの席の配置だ。
二人しか参加者のいない送別会でどうして隣に座るんだろう。近すぎてキモイ。
「あ、あの。加地くん。田中さんは?今日参加しますねって言ってたけど」
私は場を盛り上げようと、短期バイトの可愛い子の話を始める。彼女は入った当初は加地くんに積極的に話しかけていた。たぶん彼女は加地君くんが気になっていたんだろうと思う。可愛いし、明るいし、社交的でおっぱいも大きい。加地くんくらいの年ごろの男の子はこういう感じが好きな、はず。
「………………本社に行くの、やめるとか、できないんスかね」
「い、いやあの田中さんの話をしてたんだけど……」
すると加地くんはやっと我に返って目を上げた。
「え?田中さん……ああ、なんかキレてましたね」
「なんで?」
「さあ……。いろいろ言ってましたけど忘れました。あ、あと田中さん今日でやめるって言ってましたよ」
「え……それまずいね。シフトまわせるかな……」
そんな大事な事をなぜバイトリーダーにだけ言うのか。そういう話をするべき相手はバイトリーダーではなくな社員である私だと思うのだが。
私は慌ててシフト表を出してきて田中さんのあす以降のシフトを確認しようとした。すると加地君はぼーっとした口調で言った。
「あー田中さんのカバーは俺がするんで大丈夫です。
新人一人抜けたくらい、どうってことないっす」
なんとも頼もしいお言葉だが、本当にお任せしていいのか。
「それよりも本社行き、やめられないんすか」
あんたさっきからそれしか言わないな。
「あ、それか俺も連れて行ってくださいよ。何でもやりますから」
「……本社はバイト使わないんだ。社員でないと」
「……」
「……」
また加地君は貝のように口を閉ざした。
帰りたい……。もう帰りたいよ。元ニートってみんなこんな感じなの?
しばらく無言の業に耐えていると、隣ですん、と鼻をすする音がした。
「え、えーと。加地くん、もしかして泣いてる?」
私は彼の顔を覗き込んだ。
今の若い子にありがちな肉の薄いちょっと中性的な彼の顔は今まで見たことがないほどやつれている。もともとやせ型だったのにこのままではミイラになりそうだ。
「メアド教えてください……」
ぼそぼそとした声に私は眉をしかめた。
「はい?」
彼はテーブルの上で大根サラダをつついていた私の右手を箸ごとつかんだ。
「メアド教えてください!!俺はこのままじゃ今までどおり働く自信が無いです!!」
「……教えたじゃん、業務連絡用のメアド。
あと手……離してくれないかな……食事できないし近い。離れて」
「離れませんし離しません!社内アドレスじゃなくて携帯のメアドを教えてください!」
少し色素の薄い彼の双眸がこころなしか充血しているように見える。
それに近い。お互いの息も触れそうなほどに顔が近い。
いくらイケメンでもここまで顔が近いと怖いわ。
「……メアド……」
うわぁ……。教えたくねー……。
私はちょっと身を引いた。
加地君は恨めしげに私をにらんだ。
「教えてくれないと俺、ショックでバイトばっくれるかもしれません」
おいやめろ。こっちは私の後任にもうあんたがいること前提で引継ぎをしたんだぞ。ばっくれるとか社会ナメてんのか。
ここまでくるとさすがの私も気がつかないふりもできず、恐る恐るつっこんでみた。
「あ、あの。もしかして加地くんて……私のこと、意識しちゃってるとかそういうアレじゃないよね……?」
私の声はかすかに震えていた。
加地くんは頷き、ちょっと酔った目でぶつぶつと不平を漏らし始めた。
「今頃気付いたんですか。……だいたいあんたがいねーとこの会社で働く意味ないっすよね。
そこのコンビニは時給千円っすよ。時給840円で空調も無い倉庫で力仕事とか学生馬鹿にしてんのかって話っすよ。バイトリーダーとかバイトに肩書きつけてやって時給は10円しかあげませんって今時そんなんで騙されるヤツいるわけないじゃないすか……上場すらしてない中小企業の倉庫で三年も働くってどう考えたって他の目的があるにきまってるでしょ。美穂さんって若者の三年がどれだけ貴重かわかってないですよね」
うわぁ……。
待遇面に関していろいろと言いたくなる気持ちはわからないでもないが、本音がドス黒すぎる。聞かなきゃ良かった。若い子がバイト先で恋しちゃうのはよくある話だけど、言い方ってもんがあるだろ。こっちはこんな会社で一生やってく気満々なんですけど。
しかし倉庫前のコンビニの時給が千円なのは私も気付いていた。時給千円で可愛い女子高生がバイトしているあのコンビニで働かないのはどうしてかなー、接客が苦手なのかなーなんて暢気なことを考えていた自分を殴ってやりたい。
「ふ、不満があるのはしょうがないよねっ、だって本当に時給安いし!そうだ、バイト代については本社に異動してから上に掛け合ってあげるからもうちょっとだけ頑張ってくれないかなー?ねっ、せっかくバイトリーダーにまでなったんだし!就職のとき、ちゃんと履歴書に書けるんだよバイトリーダーって!」
「俺、一生就職する気ありません」
「はい……?」
このご時勢に就職しませんてどんだけクズなんだよ。親が泣くぞ。
「俺、すでに月収200万なんで。金はいいんですよ。
で?メアド教えるんすか教えないんすか。言っておきますけど捨てアドとかすぐわかりますからね」
「……」
なんだろ……加地くんってコミュニケーションスキルが幼いだけで本当はすごくいい子だと思っていたのに、腹の中でこんなドス黒いことを考えていたんだ……。
私ももう社会人になって八年になる。ピュアな学生気分も抜けきって久しい。もてないなりに何人かの男性とお付き合いも経験した。
だから告白しただのされただのということを騒ぎ立てるつもりはない。
でも……告白されただけでこんなに傷ついたのは初めてだ。
が、この三年間、倉庫の商品管理業務をすべてこなし、効率化を促進してきたのはこの加地くんである。私がいなくなり、そしてこのバイトリーダーが抜けたら倉庫業務は崩壊する。
そうなったら苦節三年、暑い日も寒い日も倉庫で頑張り続け、やっと本社に栄転するというこのチャンスをつかんだ私はどうなる。一瞬にしてもとの倉庫業務に戻されてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
「これ……私のアドレス……」
私はその時うまれて初めて仕事に女を利用した。
しかもバイトリーダー相手に。