ソフレ
 渋々わたしの手首を外し、悪態を吐きながら去る西尾先生の後ろ姿に、手を振って、透はさて、とこちらを振り返る。

「頑張ったオレに、ご褒美は?」

「何が欲しいの?」

 ご機嫌な透に聞いたら、彼はにこっ、と笑った。

「キス。唇に」

「えっ! 透がそれを望むの!?」

 わたし達はソフレ、だ。同じベッドで一緒に眠っても愛は無く……ついでに性を刺激しあうことも無いはずだった。

 なのに、透がキスを要求するなんて!

 びくっ、と身を震わせて、一歩下がったわたしは、壁に張り付くことになり……様子を見ていた透は、ため息をついた。

「やっぱり、ダメ?
 ……例えばオレが『幸花を愛してる』って言っても怖い?」

「愛って、冗談!
 わたしとあなた、教師と生徒じゃない!
 どれだけ年が離れてると思ってるのよ!」

「年の差なんて、関係ないし」

 透はゆっくり近づくと、わたしに触れるのを自制するかのように、そっと壁に手をついた。

「幸花……あんたのことが好き、です」

「……透」

「オレ、人間不信でさ。誰かを好きになることは、ないと思ってた。
 でも幸花は、オレのささくれ立った心を癒してくれたんだ」

 そして透は、まるで許しを乞うかのように頭を下げた。
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