夏恵
実に嫌な仕事だ。
この暑さも僕の憂鬱さに拍車をかける。
こういった仕事を請け負った時、いつもどんな表情を相手にさらせば良いのか悩む。
いつもどんな表情をしていたのか思い出せず、なぜ覚えていないのか悔やむ。
雑居ビルの中は僅かに夏の日差しを遮り、エレベーターまでの通路は薄暗くさえ感じる。
それでも夏の熱気は薄暗闇でも充分に猛威を振るっていた。
僕はエレベーターの前に立ちボタンを押す。
エレベーターは一階に止まったままで、すぐに扉が開く。
こんな雑居ビルでもエレベーターの中はクーラーが効いている事に少し驚く。
その直後にエレベーターの床に敷いてあるカーペットが酷く汚い事に嫌悪感を覚える。
僕は4階のボタンを押して、その指を『閉』へと運ぶ。
雑居ビルの入り口の方から足音が聞こえる。
僕は指先を『開』に運び直す。
こちらに向かって来ているのは女性らしい、コツコツとヒールの音が聞こえた。