夏恵
海に着いた頃には辺りは紅く染まりつつあった。
明子は久し振りに見た海に心躍らせていた。
僕は今では見慣れつつある海に既視感に似た感覚を覚えた。
海水浴場はすっかり人も引けて、疎らに残った人達が帰り支度をしていた。
広い砂浜は潮が満ち始め昼間の賑わいを大きな海に飲み込もうとしていた。
堤防を越えて僕達は裸足になって砂浜を歩いた。
明子は海をチラチラと眺めながら僕の後を黙って着いてきた。
浜辺のほぼ中央の辺りで僕は立ち止まり浮き輪の包みを剥がした。
明子は僕が剥がした包み紙を黙って受け取り丁寧に畳み始めた。
浮き輪の空気弁に口をつけると独特のゴムっぽい匂いがした。
そして浮き輪の中に空気を吹き込んだ。
浮き輪が膨らむ間に明子は包み紙を小さく折りたたみポケットにしまった。