夏恵
開けた窓から秋風に波立つ潮騒が聞こえる。
潮の香りが僕の鼻に刺し込み、時折目の前に晒された現実を忘れさせる。
だが沈黙を守る事は許される事も無く、男は電話の向こうで重い口を開けた。
『・・・・申し訳ありませんトモさんは・・・いわきの方ですか?』
『いいえ』
『福島の方でしょうか?』
『はい・・・郡山ですが』
『郡山ですか・・・いわきまでは遠いですねぇ』
『・・・はい』
二人とも暗闇で灯りを探すように手探りで会話を進める。
相手の出方を気にしている訳ではない。
おそらく僕も彼も共通して言える事はお互いを知ろうとしている。
そして二人の間に共通しているのは夏恵である事を理解している。