夏恵
夕闇は夏のそれとは違い、気付くと辺りは暗くなっている。
僕が喫茶店に到着しコーヒーを一杯飲み終えた頃に男は店に入ってきた。
男は小奇麗で高そうなチャコールグレーのスーツを着ていて、雰囲気でこの辺りの人間ではない事に察しがついた。
男はすぐにカウンター席の見渡せるボックス席に座っている僕に気付き、僕を確認する様に軽く頭を下げた。
僕は男に僕である事を伝える様に頭を下げ返した。
『わざわざ御呼び立てして申し訳ありません』
『・・・いえ・・・近くまで来ていましたし』
『突然の電話で大変失礼とは思ったのですが・・・どうしてもアナタにお話がありまして・・・』
男の話す口調には訛りも無く、単調だが聞いていて心地の良くなる様なアクセントだった。
僕は相変わらず戸惑っている。
男の心地よいアクセントも苦痛以外の何物でもない、だけど僕には夏恵の携帯から電話してきた男について、そしてこの男の知っている夏恵の事について聞きたい気持ちが戸惑いを勝っていた。