今日も俺は翻弄される
主導権を握るのは誰だ
「どうぞ、入って」

「おじゃまします」


緊張しながら、初めて訪れる家へと足を踏み入れた。この家の家主は、俺の先輩で、俺の彼女……なのか?とにかく、ついさっき気持ちを確かめ合ったばかりの、井上さん。


仕事の時は自信に満ち溢れていて、かっこいい先輩の弱っている姿を見て、我慢できずに抱きしめてしまった。そして、勢い余って告白したら「好き」だと言われた。


井上さんの手料理の魅力に抗えるはずもなく、尻尾を振る勢いで誘われるままに付いてきてしまった。こんな日が来るとは夢にも思っていなかったから。


「……どうしたの?」


どこか他人に壁を作っている彼女のテリトリーに入れてもらえたことが嬉しくて、彼女の後姿をじっと眺めていると、動かない俺を不思議に思ったのか、急に彼女が振り向いた。


「なんでもないです。ただ……」


靴を脱ぎ、大きく前に進んで、佇む彼女に近づいた。


「……ただ?」


可愛い。そう言おうと思ったけど恥ずかしくなって、もごもごと口籠ってしまった。その先を催促するように、彼女が上目使いで尋ねてきた。上目使いは身長差のせいだろうけど、誘われている気分になった。


言葉にするよりも先に、体が動いてしまっていた。


壁際に立つ彼女の行く手を塞ぐように、手を壁に突いて彼女を包み込んだ。


そして、ほんのりピンクで魅力的な唇へとキスを……したかったのに。


もう少しで触れそうな距離になった時、彼女が顔を逸らして、避けられてしまった。その上、少し身を屈めするりと俺の腕の中から消えてしまった。





「雰囲気が作れてないからダメ」


にっこりと意地悪く笑ったと思ったら、さっと背を向けて部屋の奥へと入っていってしまった。


……急ぎすぎただろうか。つっても、雰囲気としてはばっちりだったと思うのに、何がダメだったんだろうか。


「……はぁぁ」


がっくりと肩を落としたまま、とぼとぼと彼女の後を追った。
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