今日も俺は翻弄される
さっきは「雰囲気がダメ」と言って、キスはさせてもらえなかった。


あの言い方と彼女の反応から考えると、キスという行為自体を咎められたわけではないと分かる。じゃあどうやったら、彼女からOKが貰えるんだろうか。


せかせかと動き回る彼女の姿を壁に寄りかかりながら眺めていた。


テーブルを正面に座るんじゃなくて、椅子に横向きに座って壁に背中を預けるこの姿勢が、キッチンにいる井上さんを観察するのに、ベストポジションだということに気づいて、さっきからずっとこの姿勢のまま考えている。


答えが出ないままぼーっと座っていると、準備ができたらしい彼女がお盆を抱えてこちらへと向かってきた。


「お茶どうぞ」


「……ありがとうございます?」


すぐ傍まで近づいてきた彼女は、なぜかお盆ごとテーブルに乗せてしまった。彼女の行動の意図が理解できず、お礼は言ったものの疑問符を投げかけてしまった。


「井上さん?」


特に何も言わず、そして目の前で立ち止まった彼女に耐え切れなくなって、彼女の名前を呼んだ。


答えは何も返ってこないのに、なぜか距離は徐々に縮まっていく。どうすればいいのか焦って、けれど身動きが取れずにいると、遂に彼女の顔が目の前に。


椅子に俺が座っていることもあって、2人の視線の高さが一致して、井上さんと目が合った。


にっこりと微笑みながら目の前まで迫ってきた顔は、そのまま横に逸れてしまった。それでも近すぎる距離は変わらない。


「好きだよ。健一君もちゃんと言葉にしてよ」


「……え?」


好きの言葉と読んでくれた名前に、ドクりと大きく心臓が跳ねた。


耳元で囁かれた言葉に反応し、彼女の方を振り向こうとした。けれど、俺よりの彼女の動きの方が一歩先だった。


気づくと彼女の顔が今までにない近さにあり、同時に唇に温もりを感じた。


手を壁に突いて体を支えている彼女。俺に覆いかぶさるような姿勢で、俺にはさせてくれなかったキスをくれた。って……いや、待てよ、これって……流行りの壁ドンってやつじゃないか。ただ……


「普通逆じゃないですか?というか、さっき俺拒否された記憶があるんですけど」


「細かい男は嫌われるよ。私からのキス……嫌だった?」
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