曖昧な関係の境界線
「……もう……終わりにしよう……」
そう言って階段を下りようとする先輩に俺はキレた。
先輩の目の前の壁に手を叩きつけ行く手を遮った。壁に肉がぶつかるぺちっという鈍い音がビル風に紛れて聞こえる。
「逃げないでください」
冷たい声で捕らえる俺に先輩は泣きながら見つめてくる。その泣き顔がどうしようもなく愛しかった。
「俺は佐伯先輩が好きです。最初は金城さんの代わりでよかった。でももう嫌です!」
「長谷川くんにはもっといい人がいる……」
「先輩がいい」
俺は先輩の体を壁に押し付け強引にキスをした。
「んっ……ん」
先輩は弱々しく抵抗した。体を引き離そうと腕で俺の肩を押す。
唇が離れた瞬間、先輩は遮った腕と逆の方から逃げようとしたが、今度はあいている腕を壁につけて両腕で先輩を閉じ込めた。
「逃げないでよ……」
俺は体を密着させ先輩の肩に額を載せた。
「頼むから……俺のものになって……」
心からの哀願だった。
俺に抱かれながら涙する先輩をもう見たくはない。
暫くお互い無言だった。遠くの車のクラクションやサイレンの音が虚しく響いた。
「私なんかじゃ長谷川くんに相応しくないよ……」
耳元で聞こえる先輩の声に俺まで泣きそうになった。
先輩は俺の腕を優しくつかんで下ろすと、横を抜けて静かに階段を下りていった。
振り返ることのない先輩の背中を見つめることしかできない。
非常階段にヒールの音が響かなくなっても、俺はそこを動けなかった。