(仮題)アイネクライネ
わたしはおそるおそる、いつも咲良さんが出てくる茶色い引き戸を開ける。
ここからは咲良さんの居住スペースになっていて、この引き戸を開けるとすぐに台所になっている。その奥には居間や咲良さんの寝室がある。
咲良さんはわたしの兄さんと幼なじみで、わたしも小さい頃から仲良くしてもらっている。
まるで"姉"のような存在。
『わたしが画家になる』と決めたとき、咲良さんがこの画廊に絵を置いてくれると真っ先に約束してくれた、いわゆる恩人でもあってーーー
めんどくさそうな顔が似合うが、実は、とても面倒見がいい優しい人だということを、わたしは知っている。
この【画廊NOBARA】のこともそう。
咲良さんのひいおじいさんの代から続くそうで、海外暮らしをしているご両親に変わって、おじいさんっ子の咲良さんが切り盛りしている。
「おじいちゃんの大切な場所だったここを守りたい」と言っていた。
「瑞希!なにやってるの?」
聞き覚えのある声に振り向くと、目を丸くして驚いた顔の咲良さんかいた。
「咲良さん!」
「どうしたの?ずいぶんはやいのね。まだ9時前よ」
咲良さんが見慣れためんどくさそうな顔に戻り、台所から奥の居間へと入っていく。
「だ、だって!咲良さんが『はやく来い!』って言ったんじゃない!?」
あわてて靴を脱ぎ、咲良さんを追いかけ奥の居間へと入る。