狡い年下に絆されて
「悪いけど、遊びじゃないから」
真剣な声色に心臓が跳ねる。
「ちょっ、と、待ちなさいよ!」
「……なに」
縮まる体温に胸を押し返して抵抗するものの、両側に突っ張られた腕のせいで身動きひとつ上手く取れない状況に変わりはない。
前髪が触れるその距離に、社内で“可愛い”と騒がれるいつもの彼の瞳はなかった。
「私、まだ何も言ってない」
「だって和子さん、俺の事好きじゃん」
「勝手なこと言わないで」
「じゃあ嫌いなの……?」
その言い方は、狡い。
直球過ぎる言葉に簡単に追い詰められて、反論しようと開いた口を閉じるしかなくなった。
「和子さんの負け、ね?」
コツンとおでこを当てて微笑うそいつの顔を見た瞬間、年の差がどうとか、会社がどうとか、全てがどうでも良くなって力が抜けた。
まぁ、人生に一度くらいはこんな目立つ男と付き合ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを暢気に考えながら、年上としての最後の意地で私から唇を寄せてやった。
「っ、」
勢い良く離れていった顔は耳まで真っ赤。
「まだまだ子どもね」
「反則!」
「どっちがよ」
拗ねたように口を尖らせて静かになったのもつかの間。
「ちゃんと返事ちょうだい」
いきなり腕を引かれたかと思ったら、強い力で抱き締められて耳元に余裕のない声がかかる。
「もっと若い子にしなさいよ」
「俺は和子さんがいいの」
「……ありがとう。好きだよ、凛太郎」
真っ直ぐに見つめてそう言うと、今度は満足したように笑った凛太郎からしつこいくらいのキスが降ってきた。
最初は冷えきっていた唇が、お互いの熱で少しずつ温まっていく。
それが心地いいなんて、柄にもないことを思う自分に苦笑してしまった。
end.