業務時間外の戯れ
「こういうのはな、こうやるんだよ」

壁に大きな音をたてて手をつく。

ジャケットから伸びる腕、太くたくましい指先をみる余裕も無い。

顔が近い。まつげが長いんだな、と気付く。まつげからのぞく瞳が茶色くきれいだ。

ゆっくり鑑賞する暇も無く、その肉厚な唇をわたしの唇に押しあてた。

「ん……、あっ」

鋭いようでやさしく、甘いくちづけは、体の奥底で眠っていたもう一人の自分が目を覚ました気がした。

「どうだ。どういう気分だ」

「最低」

「そうしてほしいって思ってたくせに」

そういうと今度は軽くついばむようにキスをした。

「素直になれよ」

甘い低音が耳元に流れ込む。

じわりとしたその響きに身も心もとろけそうになる。

「オレは初めて会ったときから詩織ちゃんのこと、好きなんだけど」

「高梨さん、わたし……」

「じゃ、続きするか? このあと」

「……はい」

「よくできました。このあと、じっくりと告白聴かせてもらおうか」

そういうと、右手の親指の腹でわたしの唇を触った。





「だから、ちゃんとやってくださいっていってるじゃないですか」

「はいはい。その借りはちゃーんとあとで返すから」

また肩を震わせながら、いやらしい笑みをこぼす。

闇のような夜の顔をしのばせて。

業務時間外に必ず『遊び』がやってくる。

わたしたちだけの秘密の特別な戯れだ。

(了)
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