シークレットキス
「ハルちゃん、その書類なに?」
「あなたが女性にうつつを抜かしている間に来た仕事です」
「うつつを抜かす、なんてひどいなぁ。これも立派なお仕事ですよー?」
隣に立って口をとがらせるものの、29歳でおまけに160センチの私より20センチも背の高い男がそんな顔をしたって、可愛くもなんともない。
「あの子六本木の飲食店のオーナーの娘でさ。本人も店の仕入れとか手伝ってて、うちの食材取り扱ってくれるっていうから」
「美女と食事をして鼻の下を伸ばしておきながら『接待』ですか。いいお仕事ですね」
「あー、信じてないなー?」
そう言いながら、私だって分かっている。
異性関係にだらしないように見えて、全ては仕事につながること。相手にも本人にも気持ちなどない、ただの接待の範囲でしかないこと。
けれどあくまで秘書である私からすると、『常に連れてる女が違う』と噂されるほど異性関係まで自由な、チャラチャラへらへらとした社長とはいかがなものか。
「あ、もしかしてハルちゃん、ヤキモチ?」
「はい?」
上って行くエレベーターの中、突然のその言葉に思わず眉間にシワが寄る。
「やだなぁ。そんな心配しなくても、ハルちゃんが一番だよー?」
「……心配してません。全く」
「ツンツンしちゃって、かわいいねぇ」
いつも通りの涼しい瞳に私を映して、彼は人差し指で私の頬を撫でた。
少しひんやりとした指先とくすぐったさに、ぴく、と反応してしまう。そんな私を見て、その目はますます嬉しそうに笑った。