跡にも咲にも



「え…?あ、はい…」



抜け出して一人だけ帰ろうとしているのがばれて気まずくなる。


何を言われるんだろう。


文句は言わなさそうな人だけど…。



私はちらりと彼を見た。


彼は自分の腕時計を見ると少しだけ、ほんの少しだけ眉を寄せて



「…ずるいですよ」



とつぶやいた。



「…へ…?」



あまりにもささやき程度のつぶやきだったので私の耳までははっきり届かなくて、聞き返してしまった。




「…俺だって、合コンなんて行きたくないのに無理やり呼び出されて来たって言うのに、一人だけ抜け出すなんてずるいですよ」




私は彼を見上げた。






………ずるいのは、そっちだ。



寡黙そうな雰囲気で、実際そんなに口数が多い人じゃないのに、そんなセリフ。



胸が痛い。


痛いってもんじゃない。


痛苦しい。
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