跡にも咲にも




『…もう…』



私は息をつきながら彼女を見ると、座っていた椅子に置いておいたバッグを手に取ると気づかれないようにこっそりと会場を出ようとした。



菜桜子もきっとよさそうな人を見つけてこの後も飲むだろうから帰ってから連絡すればいいか。


そう思って外に出るとちょうど目の前にタクシーが停まった。



ラッキーと思ってそのタクシーを見ると中から誰から降りてくる。


今日の会場は貸切らしいからこの人も参加者だろうか。



…先に帰ろうとしているのがばれちゃう…。



見えるのはカードを差し出すネイビーのスーツ。


細見だけどちゃんと筋肉もついていそうなしっかりした体。



低い声で「どうも」と聞こえる。




なんだろう。


どこかで聞いたことのある声。


私は無意識にその彼をじっと見た。


中から降りてきたのは、






「………あの時の」



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