私、立候補します!
21 失いたくない小さな空
――これは現実なのか。
目まぐるしく起きたことにラディアントの頭は理解することを遅らせる。
再び様子がおかしくなったアレクセイに動かない自分の体。
手も足も出ない状況にラディアントはまるで他人事のように目に映る光景を焼きつけていたら新たな姿が加わって。
彼女の背中から突き出た刃の先すら幻覚なのではと思いたかった。
「ラディアント様!」
どれだけ立ち尽くしていたのか、いつの間にか自由をとり戻したチェインがラディアントの体を揺さぶり呼びかける。
弱々しく部下の名を呼ぶとチェインはラディアントの両肩をつかみ、真剣な眼差しを注ぐ。
「しっかりして下さい! エレナさんをこのまま失いたいのですか!」
チェインの強い口調で放たれた言葉にラディアントはようやく意識がはっきりと現実を映し出していく。
はっとしてチェインと二人でエレナのもとに走り寄れば、彼女を中心とした赤い海がラディアント達の靴底を濡らした。
エレナはまぶたを閉じて微かな呼吸を繰り返し、傷口からは絶えず血が流れ出している。
ラディアントはすぐさま傷を塞ぐべく、癒術を施そうと両手を傷口に近づけていく。
しかし、エレナの傷口に手が触れそうなほどに近づけた瞬間、はじけるような音と共に術を跳ね返されてしまった。
「癒術が効かない……!」
「そんなまさか! ……駄目です。私の癒術も効きません!」
どちらの癒術も効かないということに二人は顔を見合わせた後、それぞれ何か手はないかと高速で考えをめぐらせる。
チェインは持っていた癒術薬を上着のポケットから取り出し、アレクセイのベッドのそばにある台へと向かう。台の上に置かれていたコップに水差しから水を少量注ぎ、それに癒術薬を混ぜて足早に戻ってエレナの口元に持っていった。
(強引だけど無理に飲んでもらうしか――)
チェインは口の中に薬を混ぜた水を入れようとコップを傾ける。
しかし、それは少し入った途端苦しげに眉を寄せたエレナによって吐き出されてしまった。
「癒術薬も駄目なのか……っ」
ラディアントは己の上着を脱いでエレナの傷口にあてて圧迫しながら苛立った口調で言葉を吐き出した。
癒術が駄目、癒術薬も駄目。
そうなればラディアントに出来る手立てがない。