私、立候補します!
22 別れの時
「……さん。――姉さん」
誰かが自分を呼んでいる。
ぼんやりと浮上し始めた意識が呼びかける声の主を認識していき、今は呼ばれるはずのない人物にエレナは目をぱっと開かせた。
「ソファーに座って寝るなんて姉さんらしいね」
「え……?」
笑みを含めて言う声は弟のジルの物でエレナはばっと立ち上がる。
自分の隣のソファーにジル、向かいのソファーには父と母が座っていてエレナは首を傾げた。
(どういうこと? これって夢、だよね……?)
自分は隣の国に行っていて、離れているはずの三人は立ち上がったエレナを不思議そうに見ている。
「どうしたの? 紅茶でも飲んで落ち着いたら?」
「あ、はい……」
母に穏やかに促されたエレナは再度ソファーに座り、ティーカップを受けとって温かい紅茶を一口。
飲み慣れた味にふっと体の力が抜けたが、違う違うとカップを音をたて気味にソーサーへと置いた。
(のんびりしてる場合じゃない! 早くラディアント様達のところに行かないと――)
再度立ち上がりリビングを出ようと進めた足は扉の前で止まってしまう。
どうやってここから向かえばいいのか。そもそもここは夢なのではとエレナは混乱してうずくまった。
(どうやって戻ればいいの? 夢から覚める方法なんて知らないよ!)
両手で頭を抱えだしたエレナ。そんな彼女に母が優しく声をかけエレナは後ろを向く。
母はソファーを立ち上がり、上品な動きでエレナのそばまで歩いてきた。
「行きたい場所があるのね?」
「はい。どうしても今すぐ行かなければいけない場所があるんです……!」
アレクセイは無事なのか。ラディアントやニール達も大丈夫なのか。
様子がおかしかったアレクセイが操るエレナに見えた雪や青く輝く目。
聞きたいことも伝えたいこともあって一刻も早くニールの城へと戻りたかった。
立ち上がって力強く答えると母がエレナをそっと抱きしめる。
久しい温もりにエレナは胸が熱く目にはじわりと涙が浮かんだ。
(夢のはずなのに本当に母様に抱きしめられてるみたい……)
エレナも母の背中に手を回して少しの間抱きしめ合う。
それからどちらともなく手を離して距離を置くと母は右腕をすっと動かし、エレナのすぐ後ろにある廊下へと続く扉に触れた。