私、立候補します!
もちろんエレナさんに怪我を負わせてしまったことも許されることではありませんが、と続けて眉を寄せるニールの手を握り返し、エレナは口を開く。
「皆さんがご無事でよかったです。私も助けていただきましたらそれだけで十分です」
「エレナさん……」
「今回こちらに滞在させていただいたことは後悔していません。しばらくの間大変お世話になりました」
エレナは水色の目を細めて笑った。
危うく命を落としかけたことは紛れもない事実であるが、他の人も自分もみんなこうして変わらず命がある。
その結果があればエレナには十分だった。
一瞬アレクセイの体を奪っていた何者かのことが頭に過ぎったが、笑みを深めることで頭の奥にしまいこむ。
生きる全ての人が幸せになる。それを実現することは難しく、理想郷に過ぎないことをエレナ自身感じていたから。
今回自分の身すら守れなかったことを振り返り、誰かを守るにはどれだけの力と覚悟がいるのだろうと漠然とした思いを抱く。
握った手を離し、笑んだままのエレナを見ていたニールは彼女の背後からラディアントが歩いてくる姿に気づいてくすりと笑った。
それをきっかけにエレナも思考の中から戻ってくる。
「カルバン様……?」
「そろそろお別れのようですね。――お迎えがいらっしゃいましたよ」
「ラディアント様!」
肩に触れられた感覚に右側を向けば笑みを浮かべたラディアントが左手でエレナの右手を優しく握って持ち上げた。
「そろそろ出発しないと到着が遅くなるからね。ニールさん、今回もお世話になりました」
「こちらこそありがとうございました。次回は何事もなく終わられるよう尽力させていただきますので」
「私の方でも今まで以上に万全をつくせるよう対策を考えておきます」
ラディアントとニールは改めて握手を交わし、今度こそ別れて距離を開いていく。
手を繋がれて戸惑いながら歩くエレナの背中を見守りながら、ニールは自分でもはっきりと分かるほどの深い笑みを浮かべた。
彼女との再会はいつか叶うのか否か。
ニールの密かな楽しみが増えた五月の日のことだった。