私、立候補します!
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「母様が倒れた……?」
家に着いてリビングに入ると、ソファーに腰をかけていた父が深刻そうな顔をして震えた声で簡潔に告げた。
それは少し前のこと。朝食の後片づけを終えた母が洗濯を始めようとした途端、胸の痛みを訴えて意識を失ってしまった。
幸い父がすぐ近くにいて倒れる体を受け止めたことで床に体をぶつけずに済んだが、父はすぐさま医者を呼びつけた。
ノーランド家かかりつけの医者の見立てにより心臓の病だと診断されたそうだ。
「それで状態はどうなのですか?」
急な事態にエレナもまた声を震わせて問う。
母はちょっとやそっとじゃ動じない人で、貴族としては変わり者の自分でも温かく包んでくれる大きな存在。
そんな母が心臓の病だと知り、出来ることなら今すぐ部屋に駆けこんで姿を確認したいほど。
父と弟の表情があまりにも暗いものだから母の病状が軽い物ではないと察した。
「医者によれば原因は不明だそうだ。一時しのぎの処置として薬を打っているが長期間は難しいと言われた」
「そんな……っ」
(少し前まで笑ってたのに。いってらっしゃいって、みんなにもよろしくねって笑ってたのに――!)
どうすれば助かるのか。何も手立てはないのか。エレナは立ったままの姿勢で必死に考えを巡らせる。
令嬢として多少変わり者の位置にいるエレナだが、子爵家の令嬢として全く学がないわけではない。
雨の日は外にいられないからここ数年は専ら読書に時間を費やし、邸内にある書物には大体目を通している。
父が読書好きのためジャンルは様々で、国外の本が翻訳された物もある。
考える中でエレナはわりと最近読み終えたライズ国の近代史について書かれた本の内容を思い出した。