私、立候補します!
6 入れ違い
エレナがラディアントの城で暮らし始めて十日ほど。
少しずつ暮らしの変化に慣れてきた彼女とは違い、主人であるラディアントは日に日にやつれていた。
前例を見ないほどの嵐は五日間でおさまったが日没直後の月とは会えないままの状態が続いている。
本当はもっと早くに執務を終わらせたかったが、予想以上に父や兄弟から頼まれていた執務が多く、また、本来の姿に一度も戻れないことで仕事をこなすスピードが下がってしまっていた。
しかし、結果的には働きづめでよかったのかもしれないとラディアントは廊下を歩きながら思う。
エレナとは初日以来会えていないのだが、仕事に追われ、性別も戻れない不安定な状態で会っていたら彼女を傷つけていたかもしれないと想像はたやすい。
(かといって仕事が片づいたから会いに行くというのもまずい気がする……)
チェイン達に初日以来エレナと会っていないことがばれ、仕事を終えて早々に執務室を追い出され今にいたるのだが、ここまで長い日数を女性の体のままで過ごしたのは初めてのこと。
ラディアント自身彼女に会ってどんな言動をしてしまうのか分からない。
(我ながらうじうじして女々しいな。拒絶なんて慣れているはずなのに)
王族として特殊な環境で育ち、声変わりをして間もなく異性の姿になるようになり。
羨望、同情、嫌悪。様々な感情を向けられながら生きてきた。
この体質は定められた運命なのだと、不満はあれども自分なりに受け止めている。
今までどんな相手と会う時も最悪を覚悟して対面していたのに、何故かエレナには顔を合わせづらい。
(――そうか。彼女の目が空に似ているんだ)
ぱっちりとした水色の目がまるで晴れ渡る空のよう。
青空はラディアントにとって夜への希望を繋いでくれる唯一の景色だ。
エレナの目が青空に似ていると思い始めると急に顔を見たくなり、今まで重たかった足が嘘のように軽快に歩を進めていく。
あっさりと変わった気の持ちようにラディアントは自らに対して苦笑いを浮かべてしまうのだった。