私、立候補します!
「父様! 癒術薬(ゆじゅつやく)です! 隣国のサセット国で作られている癒術薬があれば原因不明の病でもきっと治ります!」
「癒術薬……」
父はエレナの言葉にぽつりと呟き、顎に手をあてて考える仕草を見せた。
エレナの隣に同じように立っていたジルは腕を組み、ゆるゆると顔を横に動かしていく。
(癒術薬。サセット国から輸入している魔術がこめられていてどんな病も怪我も治るとされている薬。それは僕だって考えた。でも……)
ジルはうつむいてくしゃりと顔を歪ませる。
確かに癒術薬があれば母はすぐに元気になるだろう。
しかし癒術薬は輸入量が少ない上にかなりの高額。貴族とはいえ使用人も雇っていない下級貴族のノーランド家では一つ手に入れるのも難しい金額だった。
「エレナ。それは私もジルも一番に考えた。しかし、その薬は国内ではかなり貴重な物でね、手に出来るのは王族かそれに続く上級貴族の家系くらいなんだよ」
「嘘……」
唯一とも言える希望だったのに。
エレナは肩を落とす――が、ふと疑問が浮かびあがって首を傾げた。
「それならサセット国に直接行って買えばいいのでは?」
「エレナ……?」
「姉さん……?」
父とジルの問いかけを耳に入れながらも、名案だとエレナの顔には希望を見いだした喜びがにじむ。
目をきらめかせ、興奮からか頬を赤く染め、エレナは口を開いていく。
「そうだ、それがいい! 輸入品が高いなら直接買えばいいんだ! 父様そうしましょう!」
今すぐにでも向かおうといった勢いでまくし立てる娘の様子に父は思わず苦笑い。
きょとんとするエレナに出来るだけ優しく聞こえるように話し始めた。
「ライズ国とサセット国は確かに国交があるけれど、国民がいつでも自由に行き来可能なほど開けてはいないんだ。行くとなると両国の許可がいるから時間がかかる」
「姉さん知らなかったの?」
「わっ、私だって知ってたよ! 急なことにうっかり忘れてただけだからね……!」
信じられないといったようにきりりとした目を大きく開いた弟の視線を受け、エレナは顔を背けて窓の外に視線を向けた。
青空と輝く太陽が綺麗でいつもは見るだけで明るい気分になるのに、今この時はちっとも気分がよくならないと胸の内で思ったのだった。