私、立候補します!

「言え。誰の差し金だ」

「……っ」

 首を動かして否定したくても、つっと首にあてがわれた武器がそれを許さずエレナの行動を制限する。
 追いつめられた状況が盗賊の男に首を絞められた光景と重なり背中がぞくりと震えた。
 ラディアントはその様子を目を細めて見下ろし、鋭い眼差しを送ってさらにエレナを追いつめる。

「口を割らないつもりか……。それならここで命を散らすことになる――」

 もう駄目だと思いながらも水色の目で緑色の目をじっと見つめるとはっとラディアントの目が大きく開かれ、空中に浮いていた髪が重量に従って下りてくる。

「――エレナ、さん……?」

 小さな一対の空に見つめられ、ラディアントは己の眼下に映る人物が誰なのかをようやく認識した。
 突然何者かにのしかかられて敵襲と判断して動きを封じた。いつでも魔術を発動出来るように意識を向け、利き手には短剣を構えて相手の首筋にあてて。
 目が覚めて起こした行動をはっきり覚えているのに相手が誰なのかエレナの目に真っ直ぐ見つめられたこの瞬間まで気づかないとは。

(私は何てことをしてしまったんだ――……)

 ゆるみ震えた右手から武器が滑り落ちて絨毯に転がる音を耳にしながら、出来るなら自分自身を殴りたいと思った。


***


 危うく殺されそうになったエレナは心臓の速い鼓動を感じながらも目をそらさずに相手を見続けて様子をうかがう。
 ラディアントはくしゃりと顔を歪めて両手首を解放する。
 その後エレナの上から身を退いてベッドから下り、未だベッドに横になっているエレナと目が合うと背中を向ける形で断ち切った。

「――すまなかった」

 掠れた声でそう言うと、エレナのこともチェインのことも見ることなく部屋を出ていってしまったのだ。
 主を見送ったチェインは一気に体の力が抜けたが、それは安心からだけではなく複雑な思いが混ざり合い。
 縮めようとした二人の距離を限りなく離してしまったと感じた。

「大丈夫?」

「はい……」

 上半身を起こしたエレナに近づいて怪我の様子をみる。肌の表面が切れて一筋赤が滲んでいたがチェインが指先に軽く魔力をこめて癒術を施せばすぐに消え去った。

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