私、立候補します!
首筋に感じた温もりに体をぴくりと動かすエレナを見てチェインは眉を下げて笑う。
(ああ。彼女も怖がって国に帰ってしまうんだろう)
貴族の令嬢なら誘拐された経験がある人もいるかもしれないが、異国で目の前で未知の力の一部を見せられたら恐れるのが普通の反応だ。
今は呆然としているけれど、間もなくその時の光景を思い出して恐怖するに違いない。
「僕のせいでこんなことになってごめんね。準備に少し時間がかかるから遅い時間になるけれど、出来るだけ早く馬車の準備をするから」
「え……」
問題を起こしたからついに強制送還かと身を強ばらせるエレナ。
しかし、用意してあるから最後に夕食をとっていってねと悲しげな笑顔を浮かべるチェインに違和感を感じて首を傾げた。
「帰るってこの時間にですか?」
「そうだよ。エレナさんは早く自国に帰りたいでしょ?」
「えーと……。置いていただけるならまだこちらでお世話になりたいと……」
「え……?」
「あの……?」
噛み合わない会話に二人揃って瞬きを繰り返した。
***
非常事態により遅い夕食は各自でとることになり、エレナはそのまま部屋でチェインと二人でとることに。
備えつけのテーブルに二人分の食事を並べ、食堂で食べるよりもだいぶ近い距離に向かい合わせで座る。
初日以外は一人で食事をとっていたため、エレナは久しぶりに他の人と食べる食事に嬉しさを感じた。
「それじゃあエレナさんは天気のことで執務室に行ったの?」
「はい」
最後のデザートに手がついた頃を見計らってエレナが話しかけるとチェインは目を丸くして彼女を見る。
あまりにもラディアントに会えないことに痺れを切らしたのかと考えていたチェインにとって、その答えはとても意外で新鮮だった。
「天気はエレナさんが操っている訳じゃないから謝罪はいらないと思うよ」
そう返したチェインは切り分けたケーキをフォークに差して口に運ぶ。
控えめなクリームの甘さが口の中に広がり、少しだけチェインの重い気分が紛れたような気がした。