私、立候補します!
10 王太子の憂鬱と臣下の懸念

 翌日、ラディアントはまた執務室に籠もり書類を処理していた。
 昨日の仮眠程度の睡眠をとった後に一睡も出来ないほどに自分の行いを悔いている。
 いつもなら男性から女性の姿になってしまう瞬間はどうしても名残惜しいのに、今日はそれよりも気がかりなことに意識が向いてしまっていた。
 ――怖がらせないように魔術の使用には気を遣い、部下や使用人にも言い渡していたのに後一歩で自分が使ってしまうところだった。
 きっかけはチェインであるが気づかなかった自分の責任であり、ラディアントは苦い思いで唇を噛む。

(どこかで仮眠をとっておけば彼女を傷つけずにすんだのに……)

 急激な眠気に耐えられなくなりうつらうつらとしながら近くの部屋に入ってベッドに倒れこんだのが失敗だった。
 急な来客用に一定数の部屋を普段から整えているのも災いしたが過ぎた時間は戻せない。

(チェインが言うには彼女がいても彼女とチェインが話していても起きなかったらしいけれど信じられない)

 日付が変わらないうちに自分のもとへと謝罪をしに来たチェインの言葉を思い出す。
 顔を強ばらせて謝罪と説明をする部下を横目で見て、話し終えて最後にもう一度謝る彼に気にするなと返してやった。
 彼なりに自分を思ってしてくれた行動だと言うのが分かり、腹心の部下に思われて悪い気はしない。
 罰があると覚悟していただろうチェインのぽかんとした表情を見られただけでよしとした。

(まさか寝ぼけて敵襲と勘違いしてしまうなんて――)

 署名のために動かしていた手を止めて、ラディアントはペンをくるくると回す。
 指先から逃げて机に転がるペンの動きを見ながら思わずため息を吐き出した。

(使えるなら時間を戻す魔術を使いたい気分だ)

 遥か昔に時間を操る魔術はあったが、時間を自由に動かすことによって生じる影響の大きさを危険視され長い間禁術とされており、現在その術の詳細を知っている者はいないとされている。

< 40 / 121 >

この作品をシェア

pagetop