私、立候補します!
12 解決と手紙と国境
四月も下旬を迎えた頃。エレナはラディアントの執務室のソファーに座り、ペンが紙の上をはしる音を聞きながら自分の左腕に通されているバングルを右手でそっとなでる。
国王によるバングル事件――エレナは内心でそう呼んでいる――は起こった日の夜に終わりを迎えた。
エレナが魔術に興味があると伝え、怖くないと手を握り。
ラディアントが笑顔で言葉を返して間もなく繋がれていた手は自由になった。
それ以降、ラディアントは魔術を始めサセット国についてぽつぽつと話してくれるので、エレナの密かな楽しみとなっている。
ふと執務に追われている彼に視線を向ければ、ラディアントはペンの動きを止めてエレナのほうを見てにこ、と笑い再びペンを動かす。
先ほどから繰り返されるやりとりにエレナはうーんと首をひねった。
(何だかあの日以来、ラディアント様がとてもよくして下さっているような気がする……)
それまでもお世話になっているが、それ以上によくしてくれる待遇へお返しを出来ていないことにエレナは頭を悩ませている。
思い切って女中の仕事を手伝いたいと言った案はガーネットに即却下されてしまい。ならば畑仕事はと聞けば、敷地内に畑はあるが、王太子妃候補として滞在している方に使用人の仕事をさせるわけにはいかないんです、と必死な形相で懇願されてその話は終わりを迎えてしまった。
(家事が得意とか畑仕事が出来るとかガーネットさんには確かに話したんだけど……)
ここに来る前は畑仕事の話なんかをしたらすぐに帰されると思っていたのに、ラディアントやチェイン達は何も言わない。
話を聞いているだろうに何も言ってこない彼らをエレナは不思議に思っている。
(何かやることないかな……。ラディアント様に国王様への手紙の返事はいらないって言われたし、天気のことも気にしないでって言われたし……)
手紙の返事も悪い天気への謝罪も封じられたエレナにはすることが見つからない。
ぼんやりとしていると気がかりな母のことを思い浮かべてしまい、ノーランド領での生活がひどく懐かしく感じられた。