私、立候補します!
笑顔が戻ったことに安心しているとアレクセイが勢いよく立ち上がってエレナの腕を引く。
ぐいぐいと年齢のわりに強い力にエレナはどうしたものかとウィリアムを見た。
すると彼は軽く息を吐き出し、アレクセイの肩に手を置いていさめる。
「アレクセイ様。急に女性の腕を引くのは紳士としてはいかがなものかと。行動を起こす前にご説明をなさって下さい」
「そっか……。エレナお姉ちゃんごめんなさい」
真剣な表情の青年に忠告されたアレクセイはしゅんとした様子で謝る。
エレナは空いている手でアレクセイの手を包み、気にしないで、と返した。
急なことに驚いただけで不快なわけではない。日頃子供達と遊んでいるエレナにとっては子供の突然の行動はある程度慣れているつもりだ。
「急にどうしたの?」
「あのね、ボクが訓練するところを見てもらおうと思ったんだ」
「見せてもらえるのは嬉しいけど、もう夕方だよ?」
「ちょっとくらい大丈夫!」
行こう、と歩き出したアレクセイだったが、数歩で護衛に軽々と体を抱き上げられてしまった。
「大丈夫じゃありません。そろそろ夕食ですし、ニール様に許可をいただけたら明日に訓練をしましょう」
「えー!」
ばたばたと体を動かして不満をぶつけるアレクセイ。しかしウィリアムは涼しい顔で見下ろす。
鮮やかな短い赤毛が印象的で、それに近い赤みがかった茶色の目もエレナに強い印象を残す。
アレクセイは拘束を自力でといて着地した後、ウィリアムのバカーっ、と声をあげて走り出しエレナを残して客室を出て行ってしまった。
アレクセイの自由さに再び驚いたエレナがぽかんとアレクセイの背中を見送ったままで固まっていると、ウィリアムが苦笑いを浮かべた。
「アレクセイ様がすみません」
「いえ……。明るく元気で素敵な人ですね」
出会って一日も経っていないのに、まるで長く過ごしているかのようにアレクセイは人と打ち解け、そして惹きつける人だとエレナは思う。
「そう言っていただけるとニール様も大変お喜びになります」
エレナが城内を案内されている時にアレクセイから聞いた話だが、母親はアレクセイが産まれて間もなく亡くなったそうで彼は母の顔を知らないと言っていた。