私、立候補します!
エレナが借りている部屋は国境のある方角の二階にあり、窓からは国境側の景色がよく見える。
ランプの光――チェインいわくこれも魔術らしい――に照らされる姿はふらふらとしていて遠目から見ても様子がおかしく、エレナは夜着のまま部屋を飛び出した。
「――カルバン様!」
階段を急いで下り、城の出入り口の扉を出来るだけ静かに開閉したエレナは城へと向かっていた人物に走り寄る。
光に照らされたニールはエレナの姿にわずかに目を見開いたが直ぐに細めて厳しい顔つきを浮かべた。
「エレナさん。遅い時間に城を出るとは何事ですか。それに夜着のまま――」
(危ない……!)
言葉の途中でニールは顔を歪めてその場でぐらつき、ランプを手から落とす。
エレナは急いで距離をさらに縮めてニールの体が倒れないように何とか足に力を入れて支えた。
近づいたことで肌に感じたニールの吐息が荒いことに気づき、失礼します、と声をかけて額に手をあてる。
(すごい熱……!)
「こんなに熱があるのにどうして外に……?」
「結界に異常がないかの見回りですよ。結界に近づくほど異常があった際に早く気づくことが出来ますから」
ニールは覚束ない足に力を入れてエレナから距離をとり、落ちて転がっているランプをゆっくりとした動作で拾う。
外は寒いにも関わらずニールの頬には汗が伝い、体調の悪さは一目瞭然でエレナは戸惑った。
「ラディアント様やチェインさんにはお願い出来ませんか?」
「お二人にも可能でしょうが、これは魔力や魔術に人一倍敏感なワタクシの仕事です」
「そんな……」
言葉をつまらせるエレナを見た後、ニールは振り返って広がる景色を見据える。
月は雲に姿を隠し、一帯にちらちらと雪が舞い落ちていく。
国境の向こうは深雪の銀世界、知らないことばかりの民がいる。そう思いながらニールは目を細めた。