私、立候補します!
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エレナが眠ってしばらく経った頃、体を揺らされる感覚に意識が浮上していく。
重いまぶたを開くと目の前に厳しい顔つきをする御者の姿があって目が覚めた。
もう着いたのだろうかと思ったが、御者の表情に違和感を感じざるをえない。
辺りから聞こえる複数の大声にようやく緊迫した状況を理解した。
「申し訳ありませんが盗賊に囲まれてしまいました。私が気をひきますのでエレナ様は馬に乗ってお逃げ下さい」
馬には乗れますかと訪ねられてエレナは頷く。
乗馬は幼い頃よりたしなんでいて、今でも忘れない程度の間隔で乗っている。
「馬車をひかせている馬は万が一に備えて人を乗せて走る訓練を受けていますからご安心下さい」
(それはいいけど相手は複数だよね? 御者さん一人じゃ無理なんじゃ――)
戸惑うエレナの腕をひいて馬車から出た御者は馬の前に連れて行き手綱を手に握らせる。
急かされるままにエレナが馬に乗った所で粗雑な格好をした男達がまわりを取り囲んだ。
「逃げようとしても無駄だぜ?」
「怪我したくなかったら身ぐるみ含めて金目の物を全部出すんだな」
「早くしろ!」
「早くお逃げ下さい!」
(どうすればいいの!)
ぎらぎらと目を鈍く光らせてナイフなどの刃物を持つ男達に、エレナを逃がそうとしてくれる御者の男性。
こちら側の人がもっといたならばエレナはきっとこの場を頼んで馬を走らせるに違いない。
けれどたった一人で何人もの男と対峙する人を置いて言われるままに逃げるほどエレナは従順にはなれなかった。
(相手は五人。武器はナイフとかの刃物で長さは短め。――やるしかない……!)
エレナは人前でも構わずワンピースのスカートをたくしあげ、太ももにバンドでくくりつけていた折りたたみ式のロッドを外して勢いよく最大に引き伸ばす。
そしてそれを片手に握りしめて。
「やあ……っ」
片手で手綱を操り馬を走らせた。