私、立候補します!
20 失いたくない笑顔
ラディアントによって背中を大きく斬りつけられた小さな体。
彼は甲高い叫びをあげて体をぶるぶると震わせ、やがてくたりと動かなくなった。
動かなくなる直前にうめくように吐き捨てられた言葉は離れていたエレナの耳にも届き、自分とはかけ離れた感情に背中に冷たいものが触れたようにぞくりとしたエレナはカーディガンの合わせめをぎゅっと引き寄せていく。
――いつか殺してやる。この国を滅ぼしてやる。
彼は確かにそう言っていた。
誰が聞いても嘘とは思えないトーンの言葉が重くエレナの中に残る。
ロッドを失った後に氷の刃を振り上げられた時、エレナは確かに自分の死が目前にあるのを感じた。
相手の剣を受け止めたラディアントの広い背中を思い出し、エレナは二度助けられたのだと気づく。
(私は何をして恩を返せるんだろう……)
ラディアントは王太子だ。地位や権力、能力等も有している彼に自分は何を返せるのだろうかと不安な気持ちが心に浮かぶ。
彼女にとって現実離れした目の前の光景に半ばぼんやりとしていたが、ラディアントがアレクセイをうかがうように屈んだことではっと意識を現実に引き戻した。
「ラディアント様」
アレクセイの背中の具合を見る様子にエレナはラディアントの名前を呼ぶ声が震える。
意識をなくすほどの怪我ならばアレクセイはどうなってしまうのか。明るい笑顔をもう二度と見ることは出来ないのか。浮かぶ涙を切り取っていない方の寝衣の袖で乱暴に拭い、エレナは二人に近寄っていく。
「アレクセイ君は……」
「加減をしたし念のため動けない程度までの癒術はかけた。後はアレクセイ本人の力に頼るしかないんだ」
「そう、ですか……」
エレナはラディアントの横に近づいて同じように屈みこむ。
眉を寄せたまま閉じられたまぶた。それはアレクセイの苦しみか、それともアレクセイの体を乗っとった何者かの苦しみか。エレナはふとそう思ったが、血がにじむ背中が視界に入ったことでその思いを振り払って握られているこぶしを両手で包んだ。
(どうか目を覚ましますように)
祈るように胸の内でそう呟いて――。
***
間もなく兵士達が次々と目を覚まし、彼らはまわりの光景にぎょっとして様子がおかしいアレクセイを見たことすら覚えていないようだった。