君は僕を好きになる。
遅くなった取引先からの帰り道、直帰予定のはずの彼氏と知らない女が寄り添う場面に遭遇したのは、あろうことか、ホテルのエントランス。
接待でも使える料亭が入っているホテルだから、その時点ではまだ信じる気持ちの方が大きくて、
「今回が初めてじゃないと思うよ?」
相模のその言葉だって信じていなかった。
――でも。
笑い合う二人の距離は“仕事の関係”のそれではなく、囁くように彼女の耳元に唇を寄せた直哉が、そこにキスを落とした瞬間、血の気が引いた。
「深山《みやま》」
相模の声にだって、反応出来ず、
「殴ってこようか、あいつ」
冗談なのか本気なのか分からないその一言に、首を振ったのだけが唯一の記憶。
会社に戻った私は文字通り蛻の殻で、気付くと仕事をする手が止まってしまい、自分が意外と大きなダメージを受けていたことに気が付いた。
「まだ分かんないでしょ」
逃げ込んだ資料室で呟いてはみたものの、脳裏に浮かぶのは、知らない女に微笑みかける直哉の姿。
「……」
彼が私の前で、あんな風に笑わなくなったのはいつからだろう。
四年間ずっと一緒にいたはずなのに。
そんなことも分からないくらい、惰性で毎日を過ごしていたって事か。
自嘲の笑いを零したあと、ふと、自分が泣いていることに気が付いた。
会社で泣くなんてあり得ない。早く止めないと。
そんな気持ちとは裏腹に、次から次へと涙が零れて収拾がつかなくなった頃、頭の上に温かい何かがコツンと乗せられた。
と同時に現れたのは、温かい缶コーヒーを差し出す相模で、何故かまた涙が零れてしまう。