でも、好きなんです。
会社に戻ると、定時はとっくに過ぎていた。

重要な接待があるらしく、会社に着くなり、課長はいそいそとオフィスを出て行った。

皆とっくに帰ったと思っていたのに、窪田さんがひとり、フロアに残ってパソコンを叩いていた。

驚いて、声をかける。


「窪田さん?」


「あ、河本さん。」


 窪田さんが、いつもよりも少し固い表情で、こちらを見る。


「大丈夫・・・だった?」

「え?」

「あの、向こうの、取引先の人。ひどいこと、言われなかった?」

「いえ・・・、大丈夫です、それに、悪いのは、私ですから。」


課長に励まされて、少し元気が出てきたけれど、今日の失敗を思い返すと、やっぱり気持ちは沈んだ。


「私、駄目ですよね。課長は優しいから、気にするな、って言ってくれましたけど・・・。

迷惑ばかりかけて・・・。」


「そんなことない。」


窪田さんが、真剣な表情で言う。


「そんなこと、ありますよお。」


 とりあえず笑ってみるが、顔がきちんと笑えていないのがわかる。


「そんなことない。ミスは、誰にだってあるよ。河本さんは、いつも本当にちゃんとやってる。」

「窪田さんは、私のこと、買い被ってますよ。

 私、駄目な人なんですよ。

 地味だし、上手く喋れないし、おまけに仕事も出来ないなんて、ほんと、駄目・・・。」


 ほんと、私ってば、目も当てられない。

 また涙が出そうになって、慌ててうつむく。


「そんなことない・・・、って、僕がいくら言っても、今の河本さんには届かない、かな。」


 窪田さんが、困ったような、少し悲しそうな顔をする。初めて見る窪田さんの顔。


「そういうことじゃ・・・。」

「でも、僕はほんとにさ、河本さんのこと、駄目だなんて、全然思ってない。

 本当に、思ってないから。

 僕だけじゃない。皆、そうだよ。 

 僕が保証する。

 それは、わかってて。ね?

 あまり、自分を責めないで?」


 窪田さんが、優しく言ってくれる。とたんに、ふっと気持ちが軽くなって、涙が出て、止まらなくなった。

 窪田さんが、ものすごく焦った様子で、私に駆け寄る。


「ご、ごめん!河本さん、ごめん!

 弱ってるときに、僕が色々言って、なんか、ごめん!

 逆に、困らせてるね。

 ほんと、ごめん。」

「ち、違うんです・・・。そうじゃなくて。」


 そうじゃなくて、嬉しくて。

 そうじゃなくて、なんだかほっとして。

 窪田さんが、一生懸命話してくれて、なんだか心が暖かくて。

 そんなふうに思ったけれど、その気持ちは、言葉にはならなくて。


「ご、ごめんなさい、帰ります。」


 赤い目をこすりながら、私は慌ててオフィスを出る。


 さっき、車の中で、本当に課長を好きだと思ったのに、窪田さんの顔を見たらなんだかほっとして・・・。

 自分で自分の気持ちがわからない。

 本当は私、一体だれのことが好きなんだろう・・・。
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