でも、好きなんです。
窪田さんの前で泣いたりして、自分が恥ずかしい。

 悲しくて、つらくて、気を張っているときは涙が出ないのに、窪田さんの顔を見て、なんだかほっとして、気がついたら、涙が止められなくて。

 懸命に何度も、目をこする。ビルを出る前に、トイレに寄って、自分の顔を確認する。

 目の赤みは少し収まって、大丈夫、普通に見える、と確認して、ビルを出ようとしたところで、広瀬君にばったり会った。

一番会いたくない時に、どうしていろんな人に会っちゃうんだろう。


「あれ、河本。今帰り?」

「あ、うん、じゃあ、またね。」

 あまり話したくないと思って、急いで通り過ぎようとする。けれども、後ろから声をかけられる。

「あれ、傘、ないの?」

「え?」


 外を見ると、歩く人はみんな傘を差している。

 全く気がつかなかったけれど、いつのまにか、雨が降り始めていたようだった。

 課長とも、こんなことがあったな。


「あ・・うん、まあ、大丈夫、走って帰るから。」

「なーに子どもみたいなこと言ってんだ。風邪ひくよ?俺の、貸してやるよ。」


 そう言って、広瀬君が、自分の傘を差し出す。ブルーの大きな男物の傘。


「だ、大丈夫だよ、広瀬君がぬれちゃうじゃん。」


 慌てて断るけれど、広瀬君は、強引に傘を渡そうとしてくる。


「いいから、使えってば。」


 そう言って私に近づいて、顔を覗き込んだ広瀬君が、けげんな顔をする。


「ん?」

「え?」

「お前、泣いてんの?」


そう言われて、急に恥ずかしくなる。


「な、泣いてなんか、ないよ!」


 広瀬君の傘を受け取って、そのまま、駆け出す。

 後ろから、広瀬君の声がした気がしたけれど、振り返らなかった。


「もう・・・みんな、優しくしないでよ。」

 優しくされればされるほど、自分の気持ちがわからなくなって、自分が嫌いになるみたい。

 広瀬君が貸してくれた傘の取っ手には、広瀬君の手の温もりがまだ残っていて、頭のなかがぐるぐるしたまま、私は駅に急いだ。
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