でも、好きなんです。
「そんな・・・。

つらいですね、そんなこと・・・。」


「つらい・・・なんてもんじゃないね。

情けないけど・・・、なにも手に付かないんだ。

仕事をしていても、どこか上の空で・・・。

なにがいけなかったんだろうって、そんなことばかり考えてしまう。」


「課長が悪かったなんてこと、ないんじゃないですか?

・・・何も知らない私が言っても、説得力はないかもしれませんけど・・・。」


課長は悲しそうに笑った。


「いや、ありがとう。

十年も一緒にいたのにね。

数年付き合った学生時代の彼に、僕はかなわなかったわけだ。

時間じゃ・・・ないんだろうね。」


課長が言っていることは本当なんだろうか。

課長以上に素敵な人なんて、今の私には想像も出来ないのに。

こんな素敵な課長と離婚しようなんて人がいるなんて。


「課長みたいに素敵な人と別れたいなんて、信じられません・・・。」

思っていたことをそのまま言ってしまう。


「あはは、ありがとう、河本さん。」

「・・・本当です。」

「なんか・・・ごめんな、突然こんな話をして。

びっくりしたよね。」

「・・・びっくりはしてます・・・。

でも、嬉しいです。

課長が、こんなふうにプライベートなことを話してくれるのは、初めてだから。」

「プライベートなこと・・・。

そうだよね。

上司、失格かもな。

こんなふうに、河本さんを困らせるような話をしてしまって。

いい年して、奥さんに離婚されそうなんて・・・ね。

かっこわる。

 河本さんには、格好悪いとこ、見せたくない、ってずっと思ってきたんだけどな・・・。

 なんだろう・・・、色んなことに、少し、疲れてしまって。」


 気がつけば、駅に着いていた。


「大丈夫・・・ですか?

私、心配です、課長のことが。」


 電車に乗って帰らなければいけないのに、帰りたくなかった。

 駅は終電間際の電車に乗り込む人で溢れ返っていた。

 すぐそばで、大学生のグループが、大笑いして騒いでいる。

 突然戻ってきた喧騒の中で、課長の話してくれた深刻な話が、私の妄想だったかのような錯覚に襲われたが、目の前の課長の悲しそうな表情が、それがたしかに現実の話しなのだと伝えている。


「大丈夫。

ごめん・・・な。本当に。

今日話したことは、忘れてくれて構わないから。」


「・・・忘れられるわけ、ないじゃないですか。」


うつむいて答えた。


「河本さんまで、そんな顔しなくたっていいんだよ。」


課長が、心配そうに、申し訳なさそうに言う。

今の私、課長を不安にさせるほどに悲しそうな表情をしているんだろうか。


「だって・・・。

課長の気持ちを考えたら・・・。」


私が乗る方向の電車の場内アナウンスが響いた。


「あ、やべ!乗らなきゃ、また三十分待ちだ!」


そう言って、私の脇を、先ほどの大学生のグループの一人が駆け抜けて行った。


「ほら、河本さんも、乗らないと。」

 そう言って、立ち尽くしている私を、課長が促した。


「僕は、大丈夫だから。

明日、寝坊しないでね。」


 そう言って課長は笑顔を作ったけれど、やっぱりその表情は悲しそうだった。

 なかば強引に、改札を通されて、私はそのまま電車に乗った。

 電車に乗ってからも、寂しそうな課長の横顔が、頭から離れなかった。

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